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Monthly Archives: 4月 2017

スタッフブログ更新:お墓にお供えする花

こんにちは、大阪屋葬祭営業部の大岩です。

春のお彼岸も過ぎ、皆様もお墓参りに行かれたことと思います。

私もお墓のお参りを終えて、ふと思った事を今回のブログに記したいと思います。

今更ながらなのですが、お墓のお参りの時に皆様もお花を墓前にお供えされることと思います。

こちらのお供えについて調べ、私がなるほどと思ったお供えの意味について少しお話をさせていただきます。

お花を墓前にお供えする事の始まりについては、お釈迦様が仏様になる前の修行をされていた時に

燃灯仏(ねんとうぶつ)という仏様にお会いした時に、燃灯仏(※注1)様に蓮の花をお供えしたことが始まりとされています。

普段お墓参りのお供えするときですが、お供えをされる向きにも意味があるそうです。

①花をお墓(仏様)に向ける「向上相」
②花を八方に向ける「向中相」
③花を私たちの方に向ける「向下相」

多くの方は③「向下相」のお参りされる方に向けてお供えをされているのではないでしょうか?

こちらはどのお供えの仕方が正しいかではなく「仏様へ美しいお花をお供え、美しくお飾りする」意味があるのと、それだけでなく「お供えする人の心を穏やかにしてくれる」意味などがあるとされ、仏様に花をお供えするだけでなく、花をお供えする人の心も清める働きがあることから私たちの方に向けてお花をお供えしお参りするようになったようです。

そして仏様、ご先祖様をお参りするお気持ちを大切に、出来る限り花が枯れない様に心掛けて生気のあるお花をお供えして下さると良いと思いました。
蓮華(蓮_000001

※注1
燃灯仏(ねんとうぶつ)は、お釈迦様が前世で儒童梵士(じゅどうぼんし)と呼ばれ、修行していたとき未来において悟りを開き釈迦仏となるであろうと予言した仏様のことです。

スタッフブログ更新:タケノコ(筍)

営業部の関です。
日差しがだんだん暖かく感じる今日この頃、春だな~と思いませんか?
昔の人は、季節の旬のものを食べると、身体に良いと言ったとか言わないとか(笑)
みなさんは春の旬の食べ物といえば何を思い浮かべますか?
フキノトウ、ワラビ、ツクシなどが有りますが、今、店頭でよく見かける物といえばタケノコ(筍)ですよね。
孟宗竹の筍2

そしてこのタケノコは、モウソウダケ(孟宗竹)のタケノコです。
他にもハチク(淡竹とも破竹とも書きます)、マダケ(真竹)等の種類もあります。

一般的に私たちがよく目にし食べているタケノコは、モウソウダケのタケノコです。
大体3月から4月にかけて採れます。
タケノコ掘りというぐらいですので地表に顔を出すか出てないものを掘り出します。
採れたタケノコはアクがあるので米糠(こめぬか)などを入れて茹でて料理をします。
その他のハチクやマダケは地下茎が浅いので地表30センチぐらいに成長したものを折って収穫します。
なお、ハチクは一般的にアクが少ないのでアク抜きをしなくてもよいそうです。
マダケは苦味が強いのでアク抜きが必要となります。
この両者は店頭に並ぶことが少ないので知らない方も多いかと思います。
最後にタケノコという言葉のついたことわざを2,3紹介をして終わりたいと思います。
○ 雨後のタケノコ
 雨が降ったあとタケノコがたくさん生えてくることから、何かをきっかけにして物事が次々に起こること。

○ タケノコ生活(最近ではあまり耳にしませんが)
 タケノコの皮を一枚ずつはがしていくように、身の回りの衣類、家財を少しずつ売って生活をしていくこと。

○ タケノコ医者
 タケノコが竹になり沢山生えてきて藪(ヤブ)になりますが、ヤブ医者にもなれない未熟な医者のことだそうです。

スタッフブログ更新:泣く事の意味

セレモニースタッフの市野です。
『さくら舞い散る中に忘れた記憶と君の声が戻ってくる・・・』
(ケツメイシ“さくら”より)
市野ブログ2_000001

3月は別れ~
4月は出会い~

別れと出会いこの季節の景色にはいつも桜が咲きそして散っていきます。
それは、遠い過去から遠い未来へとたくましく繰り返されていく事なのでしょう。
流した涙と記憶を胸に新しい環境に踏み込んでと励ましてくれているようです。
桜もまた新緑へと姿を変えていくのです。

新緑

親しい人が亡くなり哀しみを受け止める間もなく
葬儀をなさる方々と接する中で感じることがあります。
“泣く事”と“笑う事”は哀しみを癒す力ではないかなと。涙

最後のお別れの時、どうにも涙があふれて動けない方も
一頻(ひとしき)り泣くことで少し落ち着かれます。
しばらくして、近しい人と故人の想い出を語らい始めると
お顔も段々穏やかになり、笑い声も聞こえてきます。
哀しいときでも人は泣いてばかりではない、笑う事も出来るのです。
そんな時“泣く事”と“笑う事”は人に与えられたストレスと戦う力なんだと
実感するのです。

『胸に溢れたその想いを 泣いて泣いて笑って笑って表せるなら
 ・・・・・
 溢れた感情は単純にこぼれる涙止めずに泣いて枯れるまで
 溢れた感情は単純に疲れた君をそっと包んで忘れるため』
            (ケツメイシ“涙”より)

その力、なるべく誰かにストレスを与えないよう使いたいものです(笑)

スタッフブログ更新:玉串奉奠

営業部の竹味です。皆様方、こんにちは。

春祭りの時期になりましたが、いかがお過ごしでしょうか?

くれぐれもお祭りで飲酒運転は、お控えください。
紙垂付き榊

さて、お葬式には仏式の他に神式(神道)・キリスト式など様々な弔い方が有ります。

それぞれお参りの仕方が仏式とは違います。今回は神式でのお参りの仕方をお話しします。

神式(神道)では仏式の焼香の代わりに『玉串奉奠(たまぐしほうてん)』によりお参りします。

玉串奉奠の仕方を説明します。

1)玉串を根本(枝元)を右手、枝先(葉)のほうを左手と、両手で受け取ります。この時には右手の親指を下にして、左手で支える様に受け取ります。(図1)

2)玉串案の前に行き一礼します。

3)左手で枝先(葉の部分)を支えながら、右手の平を返し、右(時計回り)に90度ほど回します。(図2)

4)左手を根本(枝元)のほうに下げて持ち、右手は枝の中ほどを下から支えながら、玉串を右(時計回り)へ半回転させます。(図3)

5)根本(枝元)を祭壇に向けて玉串案に供えます。(図4)

6)遺影を仰いで深く二礼し、二拍手(この時は音を立てない様「忍び手」で)し、一礼します。
竹味さんブログ用

※玉串とは榊の小枝に紙垂(しで)を付けたものです。
※玉串奉奠とは、玉串に自分の心をのせ、神にささげるという意味が込められています。

簡単にご説明いたしましたが、一番大切なのは、気持ちを込めてお参りする事です。