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Monthly Archives: 3月 2017

スタッフブログ更新:桜に包まれた風景

営業部の谷川です、こんにちは。

3月も半ばを過ぎまして寒さの中にも、日に日に春の気配とあたたかさを感じる様になりましたが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私事ながら、寒い冬をぬけて南の方より桜開花の知らせを聞きますと心も体もなんとなくウキウキしてきます。

さて、桜の名所といわれるところには、全国いたるところにあるお寺や神社があります。
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紹介写真のように、日本人なら誰もが知っている「清水寺」、また、「金閣寺」や「伊勢神宮」「出雲大社」から各地方での(桜の名所)と名のつく場所はそれこそ、全国にある市町村の中の地区や字の合計より数が多いかもしれません。

そして(桜の名所)と名のつくところは、それ相応の広さがあり石畳の参道、玉砂利の道、階段や上り下りの坂道などを桜を眺めながら、ほとんどの方がその桜の美しさや素晴らしさを感じて歩いていることでしょう。

そのように心も洗われておだやかにいる時には、神社仏閣の神様、仏様、心の中のご先祖様にも、ほんとうに素直に手を合わせることができます。

ほのぼのと幸せを感じるために、きれいな景色を見るために、そして自分自身の心と体の健康のために、いろんな各所に歩きに行きませんか?

スタッフブログ更新:釘打ちの事知っていますか?

こんにちは、セレモニースタッフの竹内です。

何年か前に四国の叔父が亡くなり、式に参列しました。

最後のお別れをし棺の蓋をした後、葬儀社の方が石を遺族に渡していました。

そして、蓋に遺族が先ほどの石でトントンと釘を数回打ってました。

この光景を見たことのない私は驚きました。

このことを調べたら釘打ちという風習だそうです。

釘打ちについて調べてみるといくつかの意味があるそうです。

・使用する石は「三途の川の河原の石」を意味し、石に宿る呪力で死霊を封じるという意味
・故人様に「迷わず成仏してください」という安らかな冥福を祈る意味
・遺族の方の気持ちにも区切りをつけ、故人との未練を断ち切るという意味

今は、釘打ちをする地域は減っています。

このような風習に立ち会えてよかったと思います。

勉強になりました。

スタッフブログ更新:死生観

こんにちは、営業部の丸山です。皆様いかがお過ごしでしょうか?
季節の変わり目ですので、どうか体調など崩されぬようお気をつけください。

さて、突然ですが、皆さんはどのような死生観をもっておられるでしょうか?
死生観とは『生死に対する考え方。死を通した生の見方』のことです。
いきなりそんなことを問われても・・・となるかもしれませんが。。

現代社会においては、医療技術の目覚ましい発展により長寿が当たり前で、平均寿命も世界トップクラスです。
人は、長生きをしたいという欲がありますから、健康食品の類がヒットしたり健康医療に関するテレビ番組の人気があったりします。

ですが、そこには「長生きしたい」という漠然とした思いがあるだけで「どう生きるか。自分の生き様は?」ということまでは中々発展しないことも多いと思います。
ましてや「自分はどのように命の終焉を迎えるか。死に様は?」と考える方もあまり多くはないのだろうと思います。

しかし、それでいいのでしょうか?人は、命あるものには、必ず最期の時がきます。
命の灯がいつ消えてしまうのかは誰にもわかりません。

人が生きると書いて「人生」と読むわけですが、人生を考えることは「生き様を考える」ことと同義だと私は考えます。

生とは、また、死とはなんでしょうか。。

以前に、「生まれては死んでいくのなら人間はなぜ生まれてくるのか」と書きました。
あいにく、未熟な私には答えの一端すらまだみえてきません。
しかしながら、日々の生活の中で少しでも意識をし、考えることで、歩んでいるその人生の一歩は、また違った一歩として踏み出していけるのではないでしょうか。
はるか太古より連綿と続く生と死の輪廻(りんね)の中で、私たちは生きています。

スタッフブログ更新:合掌について

セレモニースタッフの間宮です。
3月に入りました。だんだん暖かくなり春本番が待ち遠しい。

さて、みなさんは合掌の意味を知っていますか?今回は合掌についてお話ししたいと思います。

合掌とは両手を胸の前で合わせること。

発祥はインドで、インドでは右手は清浄、左手は不浄を表しています。

それが仏教でも取り入れられ、仏教では、右手は仏様、左手は私たち衆生(しゅじょう)を表し、両手を合わせることで、仏様と私たちが一緒になるという意味を持ったといわれています。

また、私たちが日常生活でお寺様に挨拶をするとき、食事をとる前の「いただきます」、とった後の「ごちそうさま」、誰かにお礼を言う時の「ありがとう」、謝る時の「ごめんなさい」、今あげた場面でも手を合わせていると思います。

これらをみると合掌することは相手を敬う、感謝するという意味も持つのです。

普段何気なく手を合わせているかもしれませんが、手を合わせたとき、ふっとこういう意味があるんだと思い出していただけたらいいなと思います。

これからも生活していく中で、お仏壇、お墓で手を合わせるのはもちろんのこと、周りの人へ感謝の気持ちを忘れずに生活していきたいですね。
ブログ用写真